おおい町暦会館
渾天儀は天体の位置を観測する天文器具で一番外側から天地四方を象る「六合儀」、極軸で回転する「赤道環」、「黄道環」、極軸と黄道軸で回転する「白道環」の四重の環と、中心に地球の模型を持つ。渾天儀の発明は古くエラストテネスであるといわれるが、西洋天文学が東洋に伝わった1700年頃には、中国における最も代表的な天文器具であった。この渾天儀は文政年間(1819~)のものとして伝わり惑星の位置関係など、暦、時刻にかかわる研究に用いられた。
嘉永四年の版木で作った煙草盆。不要となった暦の版木を再利用した、小箱、煙草盆などの細工物が江戸時代流行した。
江戸時代の天文学は、現代の水準から見ると全く幼稚なものであったといわれるが、当時では、中国系・西洋系ともに極めて画期的なものであったことが推察される。この遠眼鏡は、中国系の物に日本の技術をとり入れた一閑張(漆や糊で和紙を張り重ねる)技法で、飛来一閑の考案になるものと伝えられている。
明治4年(1871)7月、廃藩置県と呼ばれる全国の藩を廃止し府県に統一、更に同年11月、各府県の統廃合である改置府県が実施された。この日時計はその頃のものと推定される。日時計の裏蓋には全国各地の府県での標準時の時差も書かれ、方位盤、磁石もセットされている。
2月20日から3月15日にかけて行われる「修二会」(お水取り)の行法はあまりにも有名であるが、なかでも特に12日に行われる松明は圧巻で、この行を拝観するために、現在では、二月堂の前は前日から、待ち受ける人々で埋め尽くされるという。この修二会は天平勝宝4年(752)から千数百年も続けられているという。また、この行法に使われる香水は、若狭国の遠敷川から地下を通り、はるばると奈良の都まで流れていく神水であると伝えられている。この「お水取り」の行法の間、一日を六つに分けて行法が行われるが、これを「六時行法」という。この時刻を知るために「香時計」が使われてきた。現在でもこの「香時計」を使って時刻を知る方法は続けられている。
〒917-0375福井県大飯郡おおい町名田庄納田終111-7